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Posted by あしたさぬき.JP at

2008年02月25日

石舟

東谷は奥と下に大きく分けられる。
東谷公民館あたりの落合という集落から奥と下に分けられる。

現に、連合自治会のブロックもここで分けてある。

この下側に秀一郎の住処があり、地元の集会場前に『石舟』という大きな石が下谷公園に座っている。



もともとこの大きな石は、東谷を流れる唯一の川『天満川』の中にあったそうだ。
全部で7個の岩であったらしく、そのうちの2個が舟の形をしていたので『石舟』と呼んでいたそうだ。

かつてこの場所に松尾神社があり、祭神は『大山祗命』であり『石舟』に乗って東谷にやって来られたと伝えられている。
『御神舟』とも言われている。

この『石舟』は、何年か前の道路拡張工事に伴い発破され石積にされる運命にあった。
他の石は次々と発破され、最後に『石舟』の石に発破穴を掘っていた石工が突然腹痛と発熱に苦しみはじめた。

この石を掘った祟りだと、祈祷してそのままの姿で道路わきに置くことになったのだ。

今も発破穴の後が残っている。



年寄りは知っているが、若いしがどこまで知っているかは不明やけどね。

そして、そこに一番近い家の屋号が『石舟』であり、いまでも会話に出てくる。

「昔、石舟のばあちゃんがな、まぜ寿司つくるんがうもぅて(上手で)なぁ~」
と…。

ここのばあちゃんは、ばりばり元気で『祇園座』の衣装方をしていた。
秀一郎たちの着付けもしてくれていた。

結婚する前の年(ほんま半年前やった)に亡くなり、とても残念やった。
せめて、嫁に来るのを知っていたら、どんなに喜んでくれただろうか。



今は閑地を整備して公園となり、道路からもよく見えるので聞かれることも多いが、東谷に根を深く下ろす姿に恥ずかしくないよう秀一郎もがんばってゆきたいと思っている。

  


Posted by 秀一郎 at 22:12Comments(3)昔話